鬼人事クマさんのブログ

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アリさんマークの問題点を鬼人事が考える

アリさんマークの引越社のブラック企業ぶりが話題を呼んでいますね。
news.careerconnection.jp


記事は労働者側に立った一方的なものなので、真実はどうかは分かりませんので5割引き位で見たほうが良いでしょうが、記事中の小栗さん(仮名)の訴える同社の問題点は、30名からの集団訴訟が起こされているという観点からほぼ間違いないと思います。特に以下の点は人事からすると全く理解できない点です。何でこんな状態を放置した(もしくは意図的に作った)のかよく分かりません。

今回はどこらへんが人事的に見てダメダメなのかを、記事を引用しながら見ていきます。

月の所定労働時間外労働時間数(いわゆる残業時間)が過労死ラインを超えている

カメラに映し出された小栗さんのある月の給与明細には、月の残業が147時間(総労働時間は342.8時間)と記されている。これは国が基準とする過労死ラインの100時間をゆうに超える。

過労死ラインは残業時間が1ヶ月100時間以上、もしくは、6ヶ月平均80時間以上なので、月の残業が147時間の時点でアウトです。

給与明細に労働時間が書かれてしまっていますね。これは「会社がその時間働かせた事を会社が証明している」ということですから、この点は言い逃れできません。なぜ、正直に残業時間を書いてしまったのでしょうか??残業時間を偽って記載し、見かけ上過労死ラインを下回るように細工すらしなかったのは人事としては呆れますね。

いや、違法行為をしなかったというのに呆れてるのではないです。「147時間の残業時間が記された給与明細書」がいかにヤバいのかを認識していない人事部と経営者に呆れます。その程度の認識で人事や経営者をやっていたんでしょうかね。

ちなみに私が人事だった頃には「残業時間が45時間を超えた者」は逐次マークし、恒常的に45時間を超えている者(1年で6ヶ月以上)を出している部署に対しては人事課長が事情聴取をしていました。人事ならばそれくらいやって当たり前です。*1

特別条項付き36協定の限度を超えている可能性が高い

従業員と会社が雇用契約を結んでいる以上、どんな方法を使っても月の残業時間が45時間を超えて良いのは年6ヶ月までです。1月から6月まで、毎月残業時間が46時間以上だったとしたら、7月~12月の毎月の残業時間は45時間以下に抑えなくてはなりません。平均ではなく、超えている月が6回を超えるとNGという事です。

さて、月の残業が147時間というのを平気で給与明細書に印字してくる企業が、1年の内、半年間は月の残業時間を45時間以内に抑えられているかには大きな疑問を残します。その差は100時間です。所定労働日数が21日だとすると、1日あたり5時間弱の労働時間の削減をしなければなりません。これって、作業員も事務員も経営者も人事担当者もメチャクチャ負担ですよ??

例えば引っ越し業界の繁忙期は3月だと思うのですが、3月に342時間も社員を働かせながら、9月のような閑散期に100時間も労働時間を削るんです。法定休日を週1日入れて、所定労働時間を8時間、所定労働時間外で147時間働かせると、大体日曜日~土曜日(木曜日法定休)で毎日8時~23時(休憩1時間)まで働かせていることになります。一方で、労働時間を242時間に削減すると、週休二日で日曜日~土曜日(水曜日所定休日・木曜日法定休日)で毎日8時~20時(休憩1時間)になります。

  • 繁忙期:8時~23時勤務 木曜休 → 30日続く
  • 閑散期:8時~20時勤務 水木曜休 → 30日続く

ね?労働者にとってはかなりの生活スタイルの変化ですよね。そんな働き方を従業員全体にさせるのは、管理上相当無理があります。生活スタイルの変化に体調不良者や遅刻者、欠勤者が続出し、人事や現場責任者も勤怠管理が煩雑になります。バイトを雇うにも彼らを管理する者の残業を45時間以内に抑えないといけない月が半年はあるのです。

一番いいのは、毎月毎日コンスタントに同じ時間だけ働いてもらうです。そうすればシステムは「いち日●時間勤務、ひと月●時間勤務が前提」で組めば良い事になります。さて、どうやら147時間働かせていることは事実なので、ある月は残業を100時間減らす、というよりも「いち日15時間勤務、ひと月340時間勤務が前提」という方が現実性がありますね。実際どうなのかは気になるところですねー。

最低賃金大丈夫か?

しかしこれだけ働いても、手にする給与は27万円余りだ。

給与が27万が手取りだとすると、税引き前給与は35万円前後だったと考えられます(根拠参照)。そこで、これを所定労働時間+残業時間で割り、割増賃金*2を考慮すると、874円で35万円となります。ちなみに、深夜手当、法定休日出勤手当は加味していませんので、それらが加わると874円よりも時給が下がります

東京都の平成26年の最低賃金は888円でしたから、もし小栗さんを東京で雇っていたら最賃法違反に当たる可能性が出てきます。まぁ小栗さんの給与や扶養家族、生命保険や地震保険などの情報を見ていないので、実際には誤差があると思います。ただ確かに言えることは、最低賃金スレスレで酷使されていたのは間違いありません。私見ですが、最低賃金で働かせていたか、「登録料」などの名目で給与から違法な天引きをしていた可能性もあると思います。

【根拠】

  • 所得税8,000円程(扶養家族0、その月の社会保険料等控除後の給与等の金額が280,000~290,000円とする)

https://www.nta.go.jp/shiraberu/ippanjoho/pamph/gensen/zeigakuhyo2013/data/01.pdf

  • 厚生年金保険料が29,705円(標準報酬月額340,000円)

https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo-gaku/gakuhyo/20140808.files/00000212326QlC7K0yfd.pdf

  • 健康保険16,949円(標準報酬月額340,000円,介護保険第2号被保険者に該当しない)

https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/shared/hokenryouritu/h26/noukokuyou9gatukaitei/13toukyou.pdf

  • 雇用保険料1,750円(報酬350,000円)

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000042712.pdf

  • 住民税が16,000円程(年収420万、扶養家族無し、生命保険等控除無し)

住民税額の計算方法 | 住民税の解説サイト

就業中の賠償責任を従業員に負担させるのは相当難しい

さらには業務中に車両事故が起きても、個人に高額な弁償金を背負わす有様だ。小栗さんは事故の弁償金48万円を会社から請求され、会社に借金するカタチで負担した。その際、会社が加入しているはずの保険のことなどは何も教えてもらえなかったという。

これは非~~~~~常にアカンです。従業員のミスによる損害を、従業員個人に負わせる事は判例上非常に難しいです。
www.jil.go.jp

労働裁判の基本的なスタンスは「経済的な弱者である労働者の利益に」です。当件では、例え小栗さんの不注意による損害が生じたとしても、月給以上の損害賠償を請求されることはまずありえないと言えます。

労働基準法上の懲戒処分では日給の半分、もしくは、それを積み重ねて月給の10%を超える減給は出来ないとされています(法91条)。その理由は、余りにも大きな額の減給を課してしまうと、労働者の日常生活に支障をきたすことにあります。故に、損害賠償が裁かれる民事裁判上でも、業務上横領などの重大な刑法違反や、自己の利益のために*3顧客情報転売などの行為以外に、従業員に莫大な損害賠償を課す判例は1つもありません。

これは考えてみれば当たり前で、会社に与えた損害を従業員が保証しないといけない事がまかり通れば、会社のパソコンを使用している人は常にパソコンの弁償リスクを負うことになり、営業車を使用している営業担当は常に車の弁償リスクを負うことになり、投資ファンドで働く人は常に投資の損失リスクを負うことになります。しかも一方で、従業員が損害賠償リスクを全て負うことになれば、経営者は何のリスクも負わずに投資した利益を回収することになります。これは法律の考え方の根底にある「弱者保護」の観点に真っ向から対立するものになります。

月給が35万円、手取りが27万円程の小栗さんにとって妥当な制裁が減給だとすれば「減給1ヶ月」で27,000円余りです。これ以上の金額を請求することは、例えかなりの損害が出ていたとしても相当難しいです。

しかも減給が妥当かどうかは別問題です。まず過労死ラインを超えた残業をさせている事から労働安全衛生法第三条の「安全配慮義務違反」に問われる事は確定ですし、「会社が加入しているはずの(損害)保険のことなど何も教えてもらえなかった」とありますから、減給の妥当性もかなり疑問が生じます。私見ですが、例え小栗さんの勤怠が不良でも彼に月給の倍ほどの賠償責任を負わせる事は無理だと断言できます。

突っ込みどころ満載な事を経営者が理解していない

アリさんマークの引越社の人事部はこのようなずさんな労務管理をしている事に対しての訴訟リスクは承知していたと思います。ですが、オーナーが絶対的な権力を持っている企業では、人事部の意見はしばしば封殺され、労基法違反が横行するようになるみたいです。労基法軽視の経営者の下で働く人事部員は本当に可哀想です。お疲れ様です。

*1:まぁ、やり方を間違えればサービス残業が横行するようになりますが・・・。

*2:深夜手当、法定休日手当、などあるが単純化する為に残業時間に一律25%、60時間以上残業分に50%

*3:違法ソフトの使用など、公的な告発であれば話は別